INTERVIEW

森川 博之 代表理事に
インタビュー
(インタビュアー:砂田 薫)

「つながり」から生まれる
デジタル変革の価値創造
デジタルは「つながる」ことを
求めている
企業や組織をつないで
新たな価値を創造
デジタル変革を成功に導く
アナログの人間力

デジタル変革とは

―日本企業にとってデジタル変革(Digital Transformation :DX)が大きな課題と言われています。そもそもデジタル変革とは何でしょうか?

 デジタル変革とは、リアルな現実世界とバーチャルの仮想世界とが融合することで、産業構造や組織のあり方など社会全体が大きく変わることですね。リアルな現実世界からデータを集め、分析して、リアルな世界にフィードバックする一連のループを回すことによって実現します。
例えば、未明の物流センター周辺はトラックの大渋滞が常態化していますが、荷物やトラックのデータを活用することで効率の良い物流を実現すれば、いつの間にか渋滞は緩和されていきます。ゴミ箱にセンサをつけてゴミの量を遠隔で把握すれば、回収コストを一気に減らすことも可能です。実際、アメリカのフィラデルフィア市ではスマートゴミ箱で回収コストを7割削減しました。このように社会のいたる所にデジタルが組み込まれていくことで、知らず知らずのうちに社会が変わっていく。これがデジタル変革です。

―森川先生はご著書『データ・ドリブン・エコノミー』(2019年4月・ダイヤモンド社発行)の中で、デジタル変革の本質は、アナログプロセスをデジタル化し、そこで得られたデジタルデータを活用して生産性を高め,新たな付加価値を創出することにあると指摘されていらっしゃいますね。

 人口減少が進む日本にとって、デジタルは成長戦略の起点と言えます。これまで日本企業が取り組んできたデジタル化は、業務の効率化やコスト削減のツールという位置づけにとどまってきました。しかし、IoT(Internet of Thing)の登場とともに多くの企業がコスト削減ではなく付加価値創出のツールとして活用しようと認識するようになりました。デジタル化すれば分析が可能になり、その過程で新たな価値を生み出す可能性が高まる。アナログのままではそれが期待できません。
例えば、シェアリングエコノミーは資産のデジタル化と考えることができます。自動車をデジタル化したのがウーバーテクノロジーズ,空き部屋をデジタル化したのがエアビーアンドビーですね。自動車業界とってみるとウーバーという思わぬ競合が登場したわけです。そして、多くの自動車メーカーが製造会社からサービス会社へ転換しようとしています。こうしてデジタルは企業に事業領域の再定義を促しているのです。

―一方,消費者にとってのデジタルと言えば、スマートフォンだとか、エンターテインメントのAR/VR(拡張現実/仮想現実)といった、便利、面白い、楽しいというイメージがあります。それを先生は「エクスペリエンスとしてのIT」と呼ばれていて、「社会基盤としてのIT」と区別されていらっしゃいますね。そして,後者の方が地味だけど影響力が大きいと…。

 そうですね。今までのデジタルは、インターネットやスマートフォンなど生活を抜本的に変えるようなものでした。でも、これからは工場だとか社会のさまざまなインフラのアナログだった部分をデジタル化することで新たな価値を生む「社会基盤としてのIT」が進んでいきます。これは地味なものだと思っています。社会の裏側にデジタルがひっそりと浸透していく、仕事や生活の裏側で静かに変革が起こっていく、そんなイメージですね。
ただ,地味だからといって、影響が少ないという訳ではありません。経営学者のピーター・ドラッカーが「蒸気機関が鉄道の登場につながったが、社会に大きな影響を与えたのは鉄道ではない。鉄道というインフラがあったからこそ、郵便、新聞、銀行などの産業が変わったことだ」と述べていますが、現在はインターネットやモバイルブロードバンドというインフラが構築された途中段階です。これから、産業に大きな影響を与えていくフェーズに入っていきます。
いつもお話をしている例が洗濯機です。洗濯機の登場により,家事労働が大幅に軽減されました。しかし,洗濯機が与えた影響はそれだけにとどまりません。人々の衛生観念が変わり、毎日の着替えが習慣化し、衣類の消費が大幅に増えるなどといった想定外の変化を引き起こしました。デジタルでもこのような変化が起こってくると考えています。

―なるほど、蒸気機関も電気もITも長期にわたって経済や社会の構造を大きく変えていく汎用技術(General Purpose Technology:GPT)ですから、電気が社会へ浸透する過程で洗濯機が登場し、やがて人びとの暮らしの習慣や衛生観念が変わったように、ITが浸透する過程でも常識や価値観の転換が起こるというわけですね。長期に及ぶ、じわじわとした変化なので、おっしゃる通り、地味でひっそりというイメージで捉えるのがふさわしいかもしれません。

情報社会デザイン協会の設立と活動

―ところで、なぜ今、情報社会デザイン協会が必要だと思われたのでしょうか?

 産業や社会の隅々にITが浸透して真価を発揮するのはまさにこれからです。そういうデジタル変革の時代を迎え、デジタルで国、地方、企業を元気にしたい、というのが根底にあります。デジタルは生産性を高め、新たな価値を提供できるツールです。多くの方々がデジタルを上手に使いこなし、生産性を高め、元気になっていただけるのであれば、それを応援したいという思いからです。
日本は労働力人口の減少に直面しています。地方の経営者協会とか商工会議所等でお話をさせていただく機会も多いのですが、地方の中小企業の経営者の方々が労働力人口の減少を切実に感じられておられ、そのための方策としてデジタルをとても前向きにとらえていただいていると感じます。

―協会の主要な活動として初島会議がありますが、これも同じような思いから始められたのですか?

 そうです。10数年前、情報社会デザイン協会の理事の栄藤稔さん(当時NTTドコモ)、中村元さん(KDDI)、川村龍太郎さん(NTT)達と、ICT分野では技術開発・研究に閉そく感が出てきたよね…という話をしていたのがきっかけです。
この背景として、インベンションの時代からイノベーションの時代に変わったことが挙げられます。インベンションの時代は新しい技術を作れば,それが社会の質の向上にすんなりとつながった時代です。これに対して,今のイノベーションの時代は、単に新しい技術を作るだけでは、世の中が変わらなくなってきてしまった。顧客に寄り添うというか、顧客の隠れたニーズを拾い出さなければ技術が活かされなくなってしまったのです。
そのため、世の中の変化を踏まえて技術者や研究者も変わっていこうという趣旨から10年ほど前に立ち上げたのが初島会議です。企業の中堅の方々に、いろいろな外の世界を感じていただき、何かしらの気づきを得ていただけるような場にできればと思っています。

―電気そのもの発明がインベンションなら、洗濯する人のために電気の新たな活用を考えて洗濯機をつくる、これがイノベーションと考えられるでしょうか。とすれば,ITも新しい画期的な利用方法を生み出していくフェーズに入ったということですね。考えてみれば、グーグルもアマゾンもフェースブックも、もともとはインターネットの新たな活用を考えて個人向けに便利なサービスをつくった企業でした。
初島会議には異なる業種の企業から人が集まり、2日間にわたって面白い議論が行われますね。参加者にとっては、イノベーションに不可欠な広い視野や新しい発想につながる刺激的な機会になっているのではないでしょうか。
さて、もうひとつ協会にとって重要な活動となっているのが、IoTデザインガールです。

 デジタルを隅々にまで浸透させていくためには,技術と現場をつなぐ「カタリスト(触媒)」的な人たちが必要になります.共感と利他でもって、現場に深く入り込み,現場での隠れたニーズを探り、デジタル技術とつなげていく方々です。IoTデザインガールは、そうしたデジタル変革を担う草の根的な人材を作ろうとしているプロジェクトです。 今ではさまざまな業種の企業や自治体からの参加を得て東京だけでなく、広島や鹿児島など地域でも活動を行うようになりました。たくさんの人にカタリストになっていただければとの思いから、この活動を応援しているのです。いろいろな企業や組織をつなぎまくって、デジタルで新しい価値を作り上げていくような方々が多く出てきてほしいですね。

―カタリストは女性に限りませんが、既存ビジネスの常識にとらわれず顧客に寄り添って潜在ニーズを汲み取る、アナログプロセスの中から何をデジタル化するかに気づく、現場と専門家を仲介する,そういう役割が求められる点で女性が力を発揮しやすいかもしれませんね。21世紀は女性がイノベーションをリードすると常々考えていたのですが、IoTデザインガールはその象徴的な存在だと思っています。いずれにしても、デジタル変革を動かしていくためには結局のところ人が重要ということになるのでしょうか?

 逆説的ですが、デジタル変革の時代だからこそアナログの人間力が必要になるように思っています。デジタルを活用するためには,働き方や組織などいろいろなものを変えていかないといけません。蒸気機関が電気に変わったときも30年、40年程度の長い時間がかかったと言われています。工場作業員の働き方や賃金体系まで変えなければいけなかったからです.デジタルも同じで、隅々にまで浸透するには長い年月がかかると思っています。
また、デジタル変革の時代に立ち向かっていくためには、デジタル化を必要とする企業や自治体などのユーザ側の方々が、デジタルを自身の問題として捉え、自ら取り組むことが重要です。ここでも人が重要となります。さらに,組織内のデジタル化にとどまらず関連業界が連携したエコシステムができれば、より大きな価値が生まれやすくなります。しかし、異なる業界の人が集まってもなかなか歩み寄れないのが現実ですね。その問題を解決できるのもアナログの人間力しかありません。

―最後に,今後の情報社会デザイン協会のあり方に関して、お考えを聞かせていただけますか?

 デジタルは、「つながる」ことが必要です。狭いところに閉じこもっていては、気づきが得られません。そのため、情報社会デザイン協会は技術者・研究者・経営者はもちろん、「つなぐ」カタリスト、デジタルのユーザ企業や自治体、それを支える応援団など、多様な方々がざっくばらんに集えるような場にできればと思っています。

森川 博之
もりかわ ひろゆき

森川 博之

東京大学大学院工学系研究科教授。
1987年東京大学工学部卒業。
1992年同大学院博士課程修了。博士(工学)。
2006年東京大学大学院教授。
2002~2007年NICTモバイルネットワークグ ループリーダ兼務。
モノのインターネット/M2M/ビッグデータ、センサ ネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。
電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモモバイル サイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞、情報通信功績賞など受賞。
OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長,新世代IoT/M2Mコンソーシア ム会長、総務省情報通信審議会部会長、国土交通省国立研究開発法人審議 会委員等。
著書に「データ・ドリブン・エコノミー」など。

砂田 薫
すなだ かおる

砂田 薫

インタビュアー

国際大学GLOCOM(グローバル・コミュニケーション・センター)主幹研究員。
一般社団法人情報システム学会副会長。中央大学理工学部兼任講師。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。ビジネス系IT雑誌の 記者・編集長を経て、2003年に国際大学GLOCOMに入所し研究職に転じる。
主な研究テーマは、人間中心の情報システム、北欧のデジタル化とイノベーション システム、IT産業史・同政策史。
総務省情報通信審議会専門委員、経済産業省 産業省産業構造審議会臨時委員等を歴任。科学技術振興機構社会技術 研究開発センター「人と情報のエコシステム」領域アドバイザー。